2008年4月27日日曜日

ラオスの廃機関車

 ラオスには現在鉄道が有りません。しかし、そろそろ開通するのではないかと思われる計画が進んでいるはずです。昨年4月現在、ヴィエンチャンのメコン川脇にはレールが置かれていました。ラオスの首都ヴィエンチャンの、メコン川を挟んだ対岸は、タイの東北部の街ノンカイです。タイ側のノンカイまでは古くから鉄道が敷かれており、ここからラオス側に鉄道を延ばす計画です。


 ヴィエンチャンとノンカイの間には、オーストラリアの援助により既に「友好橋」と呼ばれる橋が掛けられており、自動車がたくさん往復しています。
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 この橋の中央部には鉄道線路が敷設できるようになっており、タイ側の準備は既に出来上がっているようでした。上の写真は、この橋のラオス側の端部に置かれていた看板です。この看板には ”ENDING POINT FOR THE RAILS INSTALATION(レール敷設終点)"という表示が有りました。おそらく橋を渡り終わったこの点までがタイ側の管轄いうことだと思います。
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 下の写真は、ラオス側の川岸に置かれていたレールです。真っ赤に錆びていましたが、今頃はおそらくちゃんと、線路になっていることでしょう。






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 一方、昔の話ですが、フランス統冶時代にはナローゲージの鉄道が有ったようで、その時の機関車の残骸が今でも残っています。フランス統冶時代と言うと、もう50年以上も昔のことです。残っているといっても、「保存」されていたわけではなく、野原に放置されていた物なので見るも哀れな姿になってしまっています。

 その鉄道は、ラオスの最南端部のコーン島と言う、メコン川の中の島に有った鉄道です。 (※ちょっとややこしい話ですけれど、4千もの島が有るといわれるこの地域には二つの「コーン島」があります。日本語にするとどちらも「コーン島」になってしまうのですが、一つは、'DON KON' もう一つは 'DON KONG' と、後に「G」が付くか付かないかという細かい違いが有ります(DON は島)。この鉄道が有るのは、後に「G 」が付かない DON KON の方です。)
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 かろうじて蒸気機関車であることが分かる程度の哀れな姿では有りますが、野原に放置されながら半世紀以上も残っていたことを嬉しく思いました。
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この時、機関室の後面の妻板はボイラーに倒れ掛かっていましたが、最近撮影された方の写真を拝見しますと、この板が立てられており、それだけでもかなり良い状態に見えるように思います。
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 この写真はただの道路に見えますが、昔鉄道が通っていた橋だそうです。ガッタンバッタン揺れまくるピックアップの上から撮ったのでピントが合っていないのかブレテいるのか、情けない写真になってしましました。
 この橋を下から見ることは出来ませんでしたが、煉瓦積みの立派な橋だそうです。
 

2008年4月10日木曜日

ニュージランド・タイエリ峡谷鉄道

 私がニュージランドに行ったのは2005年11月のことですから、もう2年半も経ってしまいました。このとき訪れた鉄道は、ここにご紹介する「タイエリ峡谷鉄道」のほかニュージランド鉄道(国鉄?)の「トランツ・アルパイン線」、「トランツ・コースタル線」、「オーバーランダー線」に乗車、そしてウェリントン、オークランドなどの駅頭とクライストチャーチの路面電車を見てきました。クイーンズタウン近くを走るSL機関車の鉄道があるようですが残念ながらこちらを見ることは出来ませんでした。タイエリ峡谷鉄道以外については追い追いご紹介して行きたいと思います。




 タイエリ鉄道は、南島の中でもかなり南の方の東岸の町「ダニーデン」から北西方向のミドルマーチに向かう鉄道です。夏季の週末以外は一日一往復運転されるだけの観光鉄道です。線路はミドルマーチまで有るのですが、運転は途中のプケランギまでだけのようで、私が乗った列車も、プケランギ発ダニーデン行きでした。

  タイエリ鉄道のHPを見るとディーゼル機関車三重連の写真が掲載されているのですが、私が乗った列車の機関車は一両だけでした。

 ダニーデンから登って来た列車がプケランギに着いても、たくさん乗って来た乗客は誰一人下車しようとしません。列車から外に出ても、それはプケランギで下車するためではなく、身体を伸ばしたり写真を撮ったりするためで、また列車に乗り込んで行きます。それもそのはず、プケランギで下車しても、辺りに家一軒すらない野原の中なのです。建物らしきものは、プケランギ駅の物置小屋のような小さな建物だけしか無いのです。プラットホームすら有りません。乗客はこの列車に乗るために乗って来た人たちなのです。 .


 折り返し、ダニーデンに戻るために機関車が反対側に移動しました。ダニーデンから乗って来た乗客に、プケランギからの我々を加えて、列車は出発です。到着してから僅か10分ほどの時間でした。


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 移動目的では無く乗るだけが目的の列車なのに、乗客はかなりの人数でした。7両の大型客車はおおかた満員です。


 客車はずいぶん古い木造車体のもと比較的新しそうなものが連結されていましたが、古いものでも良く整備されていて古さを感じさせません。                    
                  
 右の4枚の写真のうち上の2枚が古い木造客車です。木造ですから
かなり古いものと思いますが、全く古さを感じさせない、良い状態に保たれています。
 
 その下の写真が新しい金属製車体の客車です。
 
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 金属製車体の客車の窓は固定式で開けることが出来ません。その代わり、と言ってはおかしいですが屋根に展望窓が付いています。自然の中を走る列車は、窓をいっぱい開けて美味しい空気をいっぱい吸いながら走って欲しいと思うのに、これでは楽しさ半減のように思います。幸い私の乗ったのは木造車の方で、気持ちよく過させてもらうことが出来ました。
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 この列車には荷物車が連結されていました。プケランギで停車中に、隣にマイクロバスが停まっていましたが荷物の引渡しでもしたのでしょうか。


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 プケランギからダニーデンに下って行く間に「アーサーズ・ノブ」と言う駅が有って列車はしばらく停車します。駅と言ってもプラットホームも無ければ、駅舎ももちろんありません。駅名を書いた小さな看板があるだけです。景色もこれまで走って来た区間とさほど変わっているようにも思えません。すれ違いのための交換駅でも有りません。何か良く分からないうちに発車になりました。
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 一日にわずか一往復しか走らない鉄道ですが、線路も車両もきちんと整備されて営業を続けています。採算状況は分かりませんがとても黒字とは思えません。海外には結構こういう鉄道が有るようですが日本だったらたちまち廃線になってしまうでしょう。その違いはどこにあるのでしょうか・・・・・。

2008年3月9日日曜日

ベトナムの鉄道(たった3枚の写真)

 ベトナムの鉄道をきちんと見たことは実は無いのですが、ツアーの途中のある日バスの中から鉄道の線路が見え隠れしていました。なんとか列車を見ることが出来ないか、たとえ1枚でも写真を撮ることが出来ないか、とカメラ片手にウズウズしていました。列車のような音が時々聞こえて来たような気がしていたからです。

 
 
 <美しい海岸が見える>という場所でバスが停まりました。海と道路の間に線路が通っています。列車はまだ先のほうには行っていません。間もなくやってくるに違いない、と私は景色そっちのけで列車を待ちました。列車の音がだんだん大きくなってきました。

 たいした時間をおかずに列車はやって来ました。エンジ色に塗られた機関車に牽かれた旅客列車でした。機関車は日本流に言えば’DD’と言った所です。やや小さめの箱型の機関車でした。
 
 この列車は優等列車だったのでしょう、あとに牽かれた客車は白線を境に赤と青に塗り分けられたきれいな客車でした。幾つかを除いて、窓は固定式、空調付きのなかなか立派な客車でした。
 

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 列車の後にはもう一両の機関車が連結されていました。先頭と同じ機関車でした。

 そして驚いたのは、機関車の後面に人がしがみついていたことです。現地ガイドさんによると、無賃乗車の人たちでこのような姿はごく当たり前のことだそうです。


 たった3枚の写真しか有りませんが、私が垣間見たベトナムの鉄道の一場面です。

2008年3月6日木曜日

スイス・ジュネーブの路面電車


 一般のツアーの途中で立ち寄ったジュネーブです。これまでお世話になったバスから、パリ行きのTGVに乗換えるために、ほんのちょっと時間がありました。ジュネーブの駅前に路面電車が通っていました。


 ほんの10分か15分の駅前でした。

 



 電車は何台か通ったのですが、2型式しか見ることが出来ませんでした。

 最近は、電車の種類が少なくなってきて面白さが少なくなってしまいました。




 

 駅に入ってホームに上がると、もう我々の乗るTGVが入って来ました。添乗員さんにせかされて、やっと連結部の写真を1枚撮れただけです。団体旅行ですから止むを得ません。残念!!!


2008年3月5日水曜日

インド・コルカタ市電

 ‘コルカタ市電’と、トイ・トレインと言う愛称で有名な‘ダージリン・ヒマラヤ鉄道’を訪問するツアーに参加し、インド・コルカタを訪れたのは、平成18年=2006年の11月でした。

 コルカタの市内電車については、雑誌やインターネットであまり詳しく紹介されていないようで、2、3枚の写真しか見たことがありませんでした。一度は見に行きたいと思っていたところ、これも一度は見たいと思っていたトイ・トレインと両方を見に行くツアーがあったのでこれに参加、一度に両方を見ることが出来ました。ここでは、コルカタ市電の写真をご覧頂きたいと思います。



 なにしろ、コルカタに行ったのは初めてのことで右も左も分かりません。言葉も分かりません。看板を見ても何も分かりません。 
 
 その点ツアーは大変楽で、私たちはバスで市電のたまり場に連れて行かれました。<たまり場>という変な言い方をしましたが、ごく普通の広場に何両かの電車が置いてあり、どこからかお客さんの乗っていない電車がどんどんやって来てはどんどんどこかに出て行きます。操車場の感じです。でも、我々を含め、誰でも自由に立ち入ることが出来る広場です。 電車の写真のほとんどはここで撮影しました。

 コルカタ市電の車両はすべて連節車でした。ヨーロッパの多くの市内電車と同様片運転台でした。相当古いものばかりで、今にも壊れそうな電車がガンガン走っているさまは恐ろしいくらいでした。

 また、ほとんどの電車が広告電車でした。



 形状は何種類もありましたが、インド人のガイドさんは電車に詳しいわけではなく、細かいことは何も分かりませんでした。



 <たまり場>でしばらく待って、私たちは電車に乗りました。ガイドさんの話では、<貴賓車>だと言っていました。確かに他の電車とは違って幾分新しく、格好も良く、きれいに掃除されていました。





 電車は街へと走り始めました。さすが大都会だけあって人も車も大変な数です。車の運転はかなり自分勝手で、クラクションはほとんど鳴らしっぱなし状態、そのやかましさといったら世界一ではないかと思いました。






 何しろ初めての街です。太陽はほとんど真上状態で、南も北も分かりません。どんな所をどう走ったのか全く分かりません。



 レールの状態もかなりひどいものでした。継ぎ目の段差は大きく、10cmぐらいレールの無いところも何箇所かありました。脱線しないのが不思議です。


 小一時間も走ったでしょうか、どこかの終点に着きました。ぐるりとUターンして折り返しです。どこをどう走って来たのか、どう戻って行くのか分かりません。その点ツアーは安心すぎて自分では何も分からないうちに終わってしまいます。







 私たちが乗った貸切電車です。他の電車とは違ったイメージの、きれいな電車でした。

 貸切電車で街を走るツアーは、コルカタでは一般的のようです。我々は、そのツアーで街を一周して来たのだろうと思います。この電車は<貴賓車>ではなく、貸切専用車のようです。



 我々が乗った電車の後ろ姿です。






 途中のきれいな公園で電車を停めてしばし休憩です。




 電車の<たまり場>に置かれていた散水車です。ポールが上がっていますが、状態はかなり悪く、使われていないように思えました。でも、普通に使われている電車だって非常に悪い状態で走っているのですから、この散水車も使われているのかもしれません。


 

2008年2月22日金曜日

初めて見たタイの鉄道

 私が初めて海外の鉄道を目にしたのは、南国‘タイ’の国鉄でした。昭和54(1979)年の5月のことですから、そろそろまる29年になります。私が海外出張でタイの首都バンコクに行ったときのことです。3週間ほどの長い日程でしたから、滞在中に何日かの休日がありました。タイの鉄道を見てみたいと思った私は、ホテルで貰った簡単な観光用の地図を片手にホテルを出ました。
 なにしろ、初めてのバンコクは勝手が全く分かりません。バスはもちろん、タクシーにだって乗れそうにもありません。タクシーといっても乗用車ではありません。今は日本でも有名になった、ダイハツミゼットを改造した‘トゥク・トゥク’です。なんだかひっくり返りそうで怖いし、「運転手にはほとんど英語が通じない」と言われていたので乗ることが出来ません。

 地図を見ると、30分も歩けば駅まで行けそうです。私は1時間や2時間歩くのは全く苦になりませんので<案ずるより産むは易し>とばかりに駅の方向に向かって歩き始めました。

 駅には意外と簡単にたどり着くことが出来ました。広いコンコースがあって、たくさんの人がいます。ホームは行き止まりの櫛型で、何となく昔の上野駅の地表ホームに感じが似ています。 かまぼこ型の屋根はヨーロッパ風と言うことでしょうか。駅舎の正面もかまぼこ型になっていました。


 <早く車両を見たい、どうすればホームに入れるのだろう>とキョロキョロしていると、どうやら改札口は有りません。人たちは勝手に出入りしているように見えます。 ふと気が付くと櫛型ホームの根元付近に事務机が置いてあり、’Platform Ticket 1 Baht' と手書きの紙をぶら下げて入場券を売っているではありませんか。窓口でもないのにと、うさん臭いような気もしたのですが買ってみるとちゃんとした硬券です。改札口は有りませんので、誰に見せるわけでもなくポケットに入れたままホームに入りました。



 
ホームに入ると・・・・・居ました居ました、色々な車両が・・・・・。
 まず、ディーゼル機関車からご覧下さい。




左の4180号はGE製の本線用機関車で2007年現在活躍中です。
 
 右の3016号も、同じくGE製の本線用機関車ですが、何年か前から見かけません。





 この可愛い522号機関車は入換用とし使われていましたが、2005年、北部の支線で客車列車を牽引しているのを見ました。









 ディーゼル動車は大きく分けて、2系列あるようです。上の丸みを帯びたタイプが旧型、下の角ばっているほうがが新型です。この後タイ国鉄を見たのは大分経ってからだったのですが、上の丸みを帯びた車両をその後見ることはありませんでした。











 駅舎と反対側の写真です。先の方に出口が有るわけではありません。先は線路です。しかし、列車から降りた人達が当たり前のように歩いて行きます。駅員も当たり前のようにこれを見送っています。線路を歩く方が近ければ、誰も遠回りをしません。線路は、また、歩道でもあるようです。







 左の2枚の写真は西部劇に出てきそうな木造客車です。もう、使われなくなった車両のようです。廃車解体処分待ちだったのかもしれません。この何年か後に行った時にはもう、その姿を見ることが出来ませんでした。
 この形からすると、多分アメリカ製ではないかと思います。カウボーイハットをかぶって、腰にピストルをぶら下げたアメリカ人がデッキに立っていそうです。














 上と下の4枚は、現役の客車です。上左は3等座席車、右は2等座席車です。3等車の座席は木製クロスシートです。長時間の乗車は結構きつそうです。
 
 下左は、長く連結された客車群、中央辺に荷物車が見えます。右は、3等座席と荷物の合造車です。これらの外にも撮影した写真はありますが、また、改めてご覧に入れたいと思います。